読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

遊びたいのだが。

書評書いてます。遊ぶように遊び、遊ぶように働き、遊ぶように生きたい。

”いま”やりたいことって何?


f:id:tatehito-st:20170326205352j:plain

「いまやりたいこと」「いまに集中する」ってどういうことなんだろう。

 

 
いま、僕はスマホゲームがしたい。
時間限定の降臨ダンジョンが開催されるからだ。このダンジョンは1時間限定で、これを逃すとまた一日待たねばならない。では、僕が最も注力すべきことであり、やりたいことは「スマホゲーム」なのか?
 
 

なんか違う。

「やりたいことはなんですか?」と聞かれて、「スマホゲームです」って答えたくない。なんか納得できない。でも、いまなにがしたいかと言われれば、「スマホゲーム」なんだ。
 
 
僕は「純粋にやりたいこと」を探しているのではなく、「成果が見込めるもの」を無意識に 探してしまっているのではないだろうか?
 
話変わるけど、「いま」という言葉をどう解釈すればいいのか。
たとえば「投資で1000万稼ぎたい!」という「やりたいこと」は「いま」やりたいことなのか?いますぐに1000万円稼ぐことは不可能だし、そもそも、いますぐやれることではない。(もちろん、それに向けて動き出すことはできる。)「いま」ってどこからどこまでの範囲を指すのだろう。
 
 
もし「いまこの瞬間」を指すのであれば、僕は目先の欲求にしか目が向かない。
ゲームしたいとか、寝たい、食べたいとか。努力をしなければ達成できないようなことを、いまこの瞬間やりたい!と答えることは、たぶんない。
これって俺だけ?
 

方程式。

ここまで考えてみて、僕が”探している”やりたいことには、この方程式が存在することがわかった。
”やりたいこと=成果が見込めること=努力が必要でいますぐに達成できないこと”
 
 
しかし、「いますぐに達成できないこと」をやりたいとは思えない。だからやりたいことが見つからない。投資の例は少し大げさであったが、「箱根の旅館に泊まって温泉につかりたい」ですらやりたいと思えない。温泉は好きだ。行けるなら行きたい。でも今行きたい(やりたい)かって言われたら、ちがう。なんの準備も必要なく、明日のことを考えなくてもいいなら、「行っても」いいかな、って思うくらい。
 
 
「いまやりたいこと」をやりなさい、というのなら、俺はその場その場の欲求を満たすだけの人生を送ることになるだろう。寝て、おなかがすいたら食べて、ゴロゴロしてテレビみて・・・
 
 
そんな人生が充実しているはずがない。ないんだけど・・・いますぐ箱根に行きたい!と思わないのならば、やっぱりさほどやりたくないことなんだろう。
 
 
とりあえず・・・

今日はスマホゲームやって寝るとするかなあ。