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遊びたいのだが。

書評書いてます。遊ぶように遊び、遊ぶように働き、遊ぶように生きたい。

やりたいこと探しをやめることがやりたいことを見つける一番の近道


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いつからだろうか、僕は何がしたいんだろう、と考える日々が続いている。何がきっかけでそうなったのかははっきり覚えてない。
 
 
いま思い返してみると、「自分は仕事ができないんだ」って気づいたときからかもしれない。
 
 
そのころの僕は、チームの先輩から干されていた
たぶん、周りからは干されているようには見えなかったと思うが、干されていた。僕のスキル不足が招いたことであるのは間違いない。まあ仕事ができない奴だったと思うし、熱意もなかったように思う。そんな僕を見かねたのだろう、先輩は俺に助言することも、怒ることもなくなった。
 

 

 

自分なりに、なんとかしようと思った。

仕事のスキル向上をすることが直接的な解決方法だったんだろうが、僕には仕事に対する熱意がなかった。僕がやったのは、プログラミングのスキルアップや、業務知識を習得しようとするのではなく、ひたすら自己啓発本を読み漁ることだった。本だけでなく、自己啓発の関連ワードでWEBを検索し、同じような境遇の記事や、克服した人の記事を読みまくった。
 
 
その結果、自己啓発本を読むことが癖になり、自己啓発に逃げ込むようになってしまった自己啓発本は有効だけど、あくまでヒントやキッカケを与えてくれるものにすぎない。自分で行動し、実践しなくてはなにも変わらないのだ。それに気づかず、僕は、自己啓発本を精神安定剤として使っていたのだった。
 
 
自己啓発本を読みまくっていると、いつしか「やりたいこと」を持っている人が、幸せな人だと思うようになった。やりたいことに向かって突き進むんだ。そのためにはいまを1秒も無駄にできない。すぐにでもやりたいことを見つけなければ。そう思っていた。
 

そして今。

やりたいことは見つからず、なにか足りないと思い続ける日々。なんやかんやこの期間で結婚もした。好きな人と毎日一緒に居れて、幸せだ。
でも、なにかが違う・・・
 
 
この違和感は、やりたいことがないから、感じているものだと思っていた。しかしふと思った。「やりたいことを探している」から、この違和感が消えず、幸せになれないんじゃないか?
 
 
もちろんやりたいことがある人は幸せである。それは間違いない。でもそういう人って、やりたいこと探したのかな?いま、楽しいと思えることだったり、やらないといけないと思ったことを続けていた結果、それがやりたいことになったんじゃないか。
 
 
「いま楽しいと思えること」って本読んで見つかることじゃないよね。
 
 
自分を変えるには、やりたいことを探すことをやめるこれがやりたいことを見つける一番の近道じゃないか。矛盾してるけど、そういうことなんじゃないか。