tatehito's diary

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遊びたいのだが。

遊ぶように遊び、遊ぶように働き、遊ぶように生きたい。

やりたいこと探しを今すぐやめよう!かわりに"いま"に本気になろう

自己啓発

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やりたいことを探し続けても、幸せにはなれない。
ではどうしたら人生を充実させ、幸せになれるのか。
 

やりたいことを探し続けても、幸せにはなれない

 「やりたいことが見つからない」ってよく聞く言葉です。俺も、これまでやりたいことをずっと探していました。やりたいことがなければ、負け組で、これからの人生が充実しないんじゃないか・・・という不安と焦りに囚われていました。
 
 
就活のときは、嫌でも自分と向き合う必要がありました。エントリーシートや面接のネタをつくるためです。やりたいことをひたすら紙に書き出し、「やりたいことリスト」をつくってこともありました。それでも、やりたいことは見つからなかった。やりたいことを書き出したはずなのに。その紙に書き出されたリストを眺めれば眺めるほど、これは俺のやりたいことじゃない、自分に嘘をついている、と思ってしまい、自己嫌悪ループに陥る。
 
 
では、どうしたらやりたいことが見つかるんだろう?というより、どうやったら幸せになれるんだろうと自問し続けた結果、この答えに行きつきました。
 
それはいま直面している物事に”本気で、自分から”取り組むこと。
過去でも未来でもなく、”いま”一生懸命になること。
 

本気になった経験、みなさんにはありますか?

 
いままで本気で一生懸命になったことがあっただろうか。
本気の定義があいまいですけど、俺にはこれだけは誰にも負けない、誇れる、って経験がないんです。
 
 
中学からテニスをやっているのですが、俺が入学した当初、入学した中学校にはテニス部がありませんでした。でも、俺はテニスがやりたかった。だから、テニス部を創部しました。
 
 
中学1年の夏休み。テニスに興味を持っている仲間を集めた。長い間放置され、雑草まみれになったテニスコートを、毎日草むしりした。部活動新設の許可を得るために校長先生や部活動をまとめている先生に掛け合った。
 
 
そして中学2年の春、部活動として認められ、俺は初代部長になった。
 
 
このエピソードを話すと、多くの人にすごいと言ってもらえます。
でも俺はすごいとは思いません。俺の創部活動は、受動的だったからです。
 
 
中学1年のときの担任の先生は、その年に他校から赴任してきた先生でした。
前任の学校で、テニス部の顧問をしていた人です。だから、その先生を頼った。テニス部をつくりたいんです、と・・・快諾いただき、その先生の指導の下、部活動新設の活動をしていくことになりました。
 
 
前述したテニスコートの整備や、校長先生との掛け合いは、俺が主導したものではなく、この先生に促されてやったことだったんです。最終的に校長先生を説得できたのも、この先生のおかげ。
 
 
校長室で校長先生を説得した。たしか、俺と数人の同級生と、担任の先生がいた。
俺は、それしか覚えていません。どうやって説得したかとか、どう苦労したかとか、どう反論されたかとか、一切記憶にない。おそらく、「説得できたらいいな・・・」くらいの思いでで突っ立っていたんでしょう。
 
草むしりだって、放置されているテニスコートを見つけきたのは担任の先生。どうやって整備をすればいいか教えてくれたのも先生でした。
俺は、受動的でした。
テニス部創設のエピソードを誇りに思えないのは、受動的だったからです。
 

さ、結婚式の準備をしよう!本気で!

 
受動的だった。だから、この経験に対して自信を持つことができない。
自信ないというのは、自分を納得させることができていないということだ。
自分で納得できる経験がないから、やりたいことが見つからないんだ。いまやるべきは、やりたいこと探しではなく、いまに本気で取り組むことだ!
 
 
こうして思いにふけっていると、能動的に動いた経験が本当に思い当たらない・・。
テニス部の例でもそうですが、自分以外の誰かが本気で取り組んでいるとき、俺は本気になれないようです。要するに、手を抜いてしまっているんです。
能動的に動くべき。誰かに任せるのではなく。誰かが本気で取り組んでいるのなら、それ以上に取り組むんだ。
 
 
俺が直面している"いま"は、結婚式の準備。(やりたくないなんて言えば嫁に怒られる。笑)能動的に、本気で取り組もう。そうすれば、何かが見えるはずだ。